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雑学

福助人形の由来!願いが叶う?幸運を招くといわれる理由は?

2016/11/16

ちょっと老舗っぽいお店のショーウィンドーには、
裃をつけて正座でお辞儀をする、歌舞伎チックなのに、
ちょっと笑える、瀬戸物のお人形さんがいますよね。

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彼の名は『 叶 福助 』

願いを叶えるシンボルとして、江戸時代にお茶屋さん
(緑茶とか売ってる所じゃなくって、
おねーちゃんがいる、会員制高級クラブみたなところ)や
遊郭などで、祀られ始めました。

それから年を経て、一般商店まで行き着いたのです。

この福助人形が、どういった理由から
幸運を招くや、願いが叶うと言われるようになったの
でしょうか?

今回は、福助人形の由来について
記載したいと思います。

福助人形の由来!願いが叶う?幸運を招くといわれる理由は?

大きな頭にちょんまげ、福々しいお顔立ち、
立派な福耳(福耳の人は金運に恵まれます!)など。


本当に特徴ある福助さんは、たちまち、商売繁盛
叶えてくれる置物として普及しました。
商家と遊郭などの福助人形さんは、微妙に違いますが・・

さて、一説に寄りますと、福助人形にはモデル
いたとか、いないとか。

  • 佐太郎さん説
  • 呉服屋の主人説
  • もぐさ屋の番頭説

諸説あるのですが、有力な3つをご紹介しますね。

まずは一番有力な、最強伝説から。

佐太郎さん説

摂津の農家の息子で、佐太郎さんと言います。
成人してからも、身長が二尺(60cm)ほどしかなく、
頭がとにかく巨大(水頭症と思われる)。
まあ、農家は出来ないですね。

昔は残酷というか、人権がないというか、
身体障害者の方々は『人と違う容姿をしている』
ということで、『見世物小屋』というところに
集められました。

例えば、腕のない女性が口を使って書を書いたり、
裁縫をしたり。
首が長い人は、ろくろ首と呼ばれる事に甘んじたり。
佐太郎さんも、その一人でした。

人は労働で金銭を稼げなければ餓死します。
それでも、労働ができなくても、自らの身体を晒すことで
収入を得て、生き延びるという生き方があったのです。


身体障害者は、実は『不具者』とも呼ばれていました。
佐太郎さんは、歳が回ったのでしょう。
『不具者』をもじって『福助』と名乗り始めました。

すると、容姿だけでなく、名前までが福々しくて
縁起が良いと、とても評判になりました。

そして、福助さんを見に来ていた武士の子供が、
『福助さんを家に連れて帰って遊び相手にしたい』
懇願したので、福助さんはその武家に、召し抱えられる
ようになりました。

プリント

人生、何が幸いするかわかりません。

その武家では、福助さんが来てからというもの、
幸運なことが続きました。
それからというもの、福助さんを大事にすれば、
幸運は上昇すると、とても大切にされました。

福助さんは、お嫁さんまで、お世話して
もらったんだそうです。
夫婦になると、嫁の分や子供の分まで、
稼がなければなりません。

まあ、身分保障は武家にされているので、
自分にそっくりの人形を作って、売りに出したのが、
始まりらしいです。

今の時代ですと、ゆるキャラというか、
フィギイア的な物なんだと思います。

呉服屋の主人説

次の説としては、京都のお百姓の家に生まれた
彦太郎は背が低く、大きな頭をしていました。

ある年齢になると、呉服屋に丁稚奉公へ、
これはもう比べる人がいないくらいの働き者でした。
やがて主人にその働きを認められ独立、新たに店を出し
呉服屋の主人となりました。

貧しい人への施しも忘れなかったので、
このご主人の心根にあやかろうと、人形化されたと
いうことです。

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もぐさ屋の番頭説

滋賀県の、もぐさ屋さんの番頭で福助がいました。

とても正直者で家訓を守り、裃を着け扇子を手放さず、
道行くお客さんに、もぐさのセールスをしました。

でも、いわゆるセールストークではなく、誠心誠意真心で
接していたので、もぐさ屋さんは繁盛します。

その話を聞いた、京都伏見の人形店が『福を招く縁起物』
として、番頭さんの名前の福助をとって、福助人形を
作ったとも言われています。


ただ、どの話にも共通するのは、
商売繁盛、千客万来、出世開運、福徳将来、長寿、幸福など

ラッキーなことが、てんこもりだということです。


東北でも『仙台四郎』人形が!

この福助人形が、東北より南の地方で、福を呼ぶ人形
だとしたら、東北にもリアル福助がいます。

それは、『仙台四郎』人形です。

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四郎さんには、知的障害がありました。
いつもニコニコと、あっちの店こっちの店と
徘徊していました。

しかし、四郎さんが立ち寄った店には、お客さんが
わんさか来るようになり『福の神』と呼ばれるように
なりました。

四郎さんは、ニコニコと邪気のない笑顔と、
正座すると、和服の合わせた部分から局部がぽろりするのも
また、ご愛嬌の一つでした。

像も売られてはいますが、生写真もあり、また、それを
肖像画化してコピーを重ねて、各戸に必ずあったりします。

そ、そして驚いたことに、私は関西に住んでいますが
母の部屋にもなんと、仙台四郎さんの写真がありました。

コレです!

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母は、思い出の写真を写真立てに入れ、タンスの上に
色々と飾っているのですが、まさかその中に四郎さん
居たとは・・

わたしも子供の頃から見ていましたが、ずっと母の
おじいちゃん?親戚?くらいにしか思っていませんでした。

母に聴くとやはり、商売繁盛や福を呼んでくれる人だと
言ってました。
(四郎さん大阪までようこそ!福を呼んでね!)(^◇^)

最後に

相模原で、とても悲惨な無差別大量刺殺事件がありました。
その時に、障害者団体の人がコメントした言葉があります。

「どんなに検査しつくしても、分娩時の事故などで、
人口比率2%の障害者が生まれます。
なぜ障害者が生まれるのか?
神様が『優しさ』を、他の98%の傲慢な人間に与えたと
考えればいい・・」と。

福助さんも、仙台四郎さんも、きっと優しさを私たちに
運んで来てくれたんだと思います。

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