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歴史

知っておきたい!吉田松陰の名言「至誠」の意味!

2016/07/16

吉田松陰の名言「至誠」の意味!


結論から申し上げます。
『至誠』の意味は、誠(本当の心)もって、
相手に話したり尽くせば、動かない人も事例もない。
そういう意味です。

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これは、現代の人間関係に今、
最も欠けているものではないでしょうか。
あなたは、誠をもって、誰かに接していますか。

この『至誠』は、
幕末に松下村塾を開いた吉田松蔭の言葉です。

伝えられた言葉は、たくさんありますが
特に「至誠」は、有名な言葉です。

また遡れば、孟子(もうし)の離婁章句の一部分です。

孟子とは、論語を書いた儒教の祖・孔子の後継者と
言われる儒教者です。

儒教自体は、武士の精神的な礎になってる教えですが、
幕末の混沌とした時代に、なお武士が基本に帰る意味で、
頼りにしていた教えです。

吉田松陰は、この孟子に深く傾倒していました。


国営放送の大河ドラマ『花燃ゆ』でも、
松蔭の生き方は描かれており、
ご存知のみなさんも多いかと思います。

吉田松蔭は、ペリーの黒船でアメリカに密航しようと
企てて失敗し、罪人として萩に送り返され
士分の者が入れられる牢獄『野山獄』に幽閉されます。

その時に、松蔭自身が一囚人としているのではなく、
多くの他の囚人たちの師になり、孟子の講話をしました。

講話をするくらいですから、松蔭はかなり前から
孟子を深く学んでいたのです。

その当時、野山嶽では囚人だけではなく、
看守まで、松陰の講和を聞いて学んだというのですから、
聞きごたえ、学びごたえのある話し方をしたに
違いありません。

その後、刑を許された松蔭は、山口県萩の実家に帰り、
松下村塾を開きます。

松下村塾は、高杉晋作や久坂玄瑞といった幕末の志士、
伊藤博文や山県有朋など、明治政府の立役者を
輩出した学び場、私塾です。

第96代の安部総理も、座右の銘が「至誠」なんですよ。
山口県出身の安部首相も、何かしら松陰の影響を
受けたのかもしれませんね。

松下村塾、そこで約2年というわずかな時間の中で、松蔭は、
自分の中にある、ありったけの知識を、彼らに教示します。

『至誠而不動者 未之有也』。
至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。


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しかるに、犬猿の中であった薩摩藩と長州藩
(松蔭は、長州藩に所属)の仲を取り持ち、
『薩長同盟』を作り上げ、 自ら無頼の輩の刃に落ちた
坂本龍馬も、松蔭と同じ志しや学びを持つ者でもありました。

古くは、千利休も、お茶の世界が
誠の心をもって、人をもてなす場であると定義づけました。

残念ながら、龍馬、利休、松蔭ともに、
非業の死を遂げています。

誠をもっていれば、人は動くと語った者たちは、
また、逆のベクトルの者まで動かしてしまったことになります。

逆ベクトルたちも、また、彼らなりの誠によって、
反対向きの者を、手にかけざるを得なかったのは
皮肉なことです。

現代は、誠意をもって話せば行動すれば、
かならず通じるという想いが、欠落しているように見えます。

言葉だけの『誠意を尽くす』ではなく、心を開いて、
なにごとも受け止めて動じない。

いつわりのない気持ちを、押しつけるのではなく伝える。

それで動かなければ、その人、その出来事は
絵空事ですから、追っていけない。

それもまた『至誠』の正し方です。

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